前回に引き続き、昨年悩ましい問題に直面した事案の紹介。ある会社の請負代金が未払いとなっていたため裁判をして勝訴→連絡をしても支払がされないことから判明していた取引先の債権を差押え→請求債権額に満たない金額しかない旨の回答→債権の一部のみ回収→ほかにめぼしい資産は見当たらない、といった流れの事件でした。
不動産などの目に見える資産がある場合は別として、債権を対象とする強制執行の事案では、完全に債権を回収できるケースはあまり多くなく、せっかく確定判決を取得して執行を申し立てても空振り(取引なし)であったり、残金数十円という結果に終わることもめずらしくありません。そんなときは、ため息をつきながら取下書を裁判所に持っていくのですが、今回の事案でふと将来の消滅時効のことが頭をよぎりました。というのも、(改正前)民法では差押えが時効の中断事由とされており、その事由が終了した時から新たに時効が進行するという規定になっていました(147条2号、157条1項)。そうすると、ここで取下げをしてしまうと、完全に支払を受けていない債権の時効が進行してしまうことになると考えられます。かといって、裁判所に取下書を出さなければ、本当にいつまでも時効が中断したままの状態が続くのか明確な規定もなく、あれこれ調べましたがはっきりした答えは書かれていませんでした。
裁判所の要請に従ってまじめに一部取立届けと取下書を提出した債権者が時効の進行という不利益を被り、何もしなかった債権者が時効中断の利益を享受するという結果でいいのか悩みましたが、これは明らかに法制度の不備だと思われます。今回の事件では、裁判所からも取下書提出の要請もなかったので、依頼人とも相談の結果、ひとまずそのままの状態(差押えの効力が継続した状態)にしてあります。今度、時間ができたときに、債権法改正の際この問題についてどのような議論がされたのか調べてみたいと思います。
弁護士 市村陽平