医療、介護、警備、宿泊施設などの現場では宿直勤務の形態がとられている職場が多いと思われます。一般に「宿直」とは、通常の業務とは異なり、主として夜間に仮眠や休憩をとることが許され非常時や緊急時にのみ業務を担うことが想定される働き方を意味します。多くの会社では、不活動時間として通常の賃金ではなく、夜勤手当(宿直手当)といったような名目の手当のみが支払われているのではないでしょうか。
このような宿直勤務の場面で、使用者の指揮命令下で行う業務がまったくなければ問題ありませんが、定期的に巡回しなければならないとか、利用者からの呼出に対応しなければならないといった場合には通常の労働時間に該当する(単なる夜勤)として、労働者側から未払賃金の請求がされることがあります。ここで、労働時間に該当すると判断された場合に、時間外や深夜の割増賃金の算定対象となる基礎賃金をどのように考えるべきなのかという問題が生じるのです。
一つの考え方として、会社が宿直勤務の際に支払うと定めている夜勤手当(宿直手当)を基礎賃金と捉えて割増率を乗じるという見解があります。これは法定時間内と法定時間外に行う労働の種類が異なるときに後者の労働に対して別途の賃金が約定されていた際には妥当と考えられます。もう一つの考え方として、労働基準法37条1項の文言を重視して「通常の労働時間」を前提に基礎賃金を認定する見解があります。この考え方が採用された場合、宿直勤務となっていた時間全体について通常の労働時間を前提とした賃金(夜勤手当以外の手当も含む)を基礎として割増率が計算されてしまうことになるため、予期せずして高額な割増賃金の支払いを迫られることになるのです。
冒頭述べた宿直勤務が多い業界では、今一度、夜間における業務指示内容を見直した上で、割増賃金請求がされた場合にどの程度の費用負担が生じる可能性があるのか確認しておく必要がありそうです。
弁護士 市村陽平