割増賃金発生の前提となる労働時間については、ひとつの事業場だけでなく異なる事業場で労働する場合にも通算され(労基法38条1項)、さらには事業主が異なる場合にも当該規定が適用されるとの行政解釈がとられてきました。
ところが、近年、スマホアプリなどで単発での仕事を求める求人者と求職者をマッチングするサービスが登場したことにより、スポットワーカーを雇い入れる事業主としては、労働時間をどのように把握し管理すればよいのか現場では混乱が生じていたように思われます。そのような中、地裁レベルではありますが、「当該労働者が他の事業主の下でも労働しており、かつ、同所での労働時間を超えることを当該事業主が知らなかったときには、同事業主の下における労働に関し、当該事業主は、労基法38条1項による割増賃金の支払義務を負わない」と判断した裁判例を目にしました(東京地裁令和7年3月27日判決)。
知っていたか知らなかったかという事業主の主観面だけで法適用の有無が分かれるのはどうなのかという意見もあるようですが、この事案では労働者からの自主的な申告もなかった以上、事例判断としては妥当な結論だと評価できるのではないでしょうか。これだけマッチングアプリを活用して仕事を掛け持ちする労働者が増えてくると、入れ替わり立ち替わり入ってくる労働者ひとりひとりに対して今日は何時間働いて今週はあと何時間なら働けますということを申告させて事業主が管理するというのは現実的ではありません。司法によって考え方の異なる規範が乱立する前に、立法による統一的な解決が期待されます。
弁護士 市村陽平