古くから日本では、土地は先祖伝来の最も大切な資産として位置づけられ、世間では土地を手放すこと自体がよくないことという考え方も広く受け入れられてきました。ところが、すべての土地が価値を生み出すとも限らず、中には所有していても維持管理費ばかりがかさみ、売り先も見つからないような扱いに困った土地(最近では「負動産」とも呼ばれています)があることも事実です。また、費用だけの問題にとどまらず、例えば土砂崩れの危険のある土地などを所有していると、第三者の生命や身体に危害を及ぼすおそれもあり、所有自体が大きなリスクとなってきます。
これまで、日本の法制度では、土地や建物などの所有権については、債権とは異なり、いったん取得してしまうと他者に譲渡しない限り持ち続けるしかなく、放棄が認められてきませんでした。もちろん、相続が発生した際に、相続放棄という形で不動産を放棄することはできるのですが、相続の場合、自分にとって都合のいい財産だけを相続して、都合の悪い財産は放棄するという選択ができませんので、例えば預貯金を譲り受けたいと思ったときには、もれなく処分に困った不動産もついてきてしまうのです。
この困った土地問題について、所有者不明土地等対策の推進に関する基本方針の中で、土地所有権の放棄を可能とする方策が打ち出され、中間試案として放棄を認める要件が提示されることになりました。放棄が認められる要件の一部を簡単に紹介すると、①筆界が特定されていること、②担保権等が設定されていないこと、③土地の管理が将来的にも容易なこと、④土地所有者が管理等に要する一定の費用を負担すること、⑤相当な努力によっても譲渡ができないことといった内容となっており、易々とは放棄が認められない試案となっています。
これまで一切放棄ができなかったことに比べれば、確かに一歩前進したと評価できますが、これらの条件をすべて満たす事案というのは相当限られてくるような印象を受けます。そうすると、仮に制度として放棄が認められるようになった場合でも、やはり放棄のできる唯一の機会となる相続の場面では、慎重に検討する必要があるでしょう。
弁護士 市村陽平