現在、総務省では、SNSなどインターネット上の誹謗中傷に対する新たな制度設計を策定するための取組みを進めています。その中でも注目すべきは、発信者情報開示に関する取組みです。インターネット上で誹謗中傷された場合、現在の仕組みでは、第一段階としてプロバイダ(ネット接続事業者)に対してIPアドレスの開示を求めていくことになりますが、任意に開示されることはないため、この開示のために裁判をしなければなりません。そして、裁判によってIPアドレスを入手できたとしても、加害者に対して損害賠償請求しようとするときには、別途、プロバイダに対して、加害者の氏名や住所を開示させる裁判が必要な場合も生じます。これらの裁判を通じて基本情報が開示された後、ようやく加害者に対して権利の実現が可能となる仕組みになっているのです。
このような仕組みでは、当然に多くの時間と費用を要することになり、被害者が泣き寝入りとなってしまうケースが圧倒的に多いのが現状といえます。そこで、総務省は、現状の問題点を克服するための新制度の骨子として、①弁護士会照会などの手続を通じてIPアドレスだけでなく電話番号やそれに紐付く住所氏名まで回答可能となる仕組みの創設、②これまで複数回必要となっていた裁判手続を一度で済ませられる制度や通信ログを早期保全するのための制度設計を検討しているようです。これらが実現すれば、被害者救済が大きく前進するのではないでしょうか。
ただ、私の意見を述べるとすれば、新制度を構築する上では、誹謗中傷を受けた個人だけでなく、営業利益を侵害された企業の損害の救済という視点も盛り込んでもらいたいと思っています。私の所には、転職口コミサイトや掲示板に書き込まれた虚偽情報によって悪影響を受けている企業からの相談、不動産退去トラブルをめぐって事実と異なる内容を書き込まれた家主からの相談などが増えています。現在の手続では、現に損害を受けている企業や家主が虚偽情報の削除請求を申し立てても、人格権侵害の場合と異なって営業利益の侵害だけでは削除することすら容易に認められない傾向にあります。匿名での表現が重要だというのも理解はできますが、一度失った信用や損害を回復することが極めて困難であることも踏まえると、せめて虚偽情報の削除くらいは早期に実現できる世の中であって欲しいと願っています。
弁護士 市村陽平