賃金体系を年功型賃金制度から成果主義型賃金制度へと見直すことが、そもそも「不利益」といえるのか。最初の問題はこの点です。賃金制度の見直しによって、賃金原資の総額が減少するのであれば、不利益といえそうですが、賃金総額には手を加えずその配分を見直すだけであれば、直ちに不利益変更とはいえません。
ところが、これまでの裁判所の判断をみてみると、成果主義型賃金制度の導入によって個々の従業員の賃金が直ちに減額されないとしても、新たな人事考課査定の結果、旧賃金制度の下で支給されていた賃金額より顕著に減少する「可能性」があることを理由として、不利益変更に該当すると評価する傾向にあります。
賃金体系の見直し自体が不利益であると認定されてしまうと、次の争点は、その変更が「合理的」といえるかどうかに移ります。この合理性の判断基準としては、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況が総合的に考慮されることになります。各要件についてポイントを説明すると、①に関しては、労働者が月額10%を超える減額となるような不利益を受ける場合にはリスクが高いといえるでしょう(中には6%の減少で不利益が大きいと認定した裁判例もあります)。②については、特定層の従業員(たとえば、年齢55歳以上など)のみをターゲットにすると必要性が認められにくくなります。③のポイントとしては、人事考課基準の客観性の担保です。恣意的な査定がされる可能性があるようだと相当ではないと判断されてしまいます。また、不利益を受ける労働者に対する代償措置や経過措置(激変緩和措置)を設けることも重要になってきます。最後に手続面として④も重要になるのですが、近年、労働組合とは合意したのに、その効力を労働者が受け入れないという事例も増えてきており、裁判所もそのような労働者の主張を認める傾向にありますので、その意味で会社側としては注意が必要です。
最近も、トヨタ自動車が来年1月から一律昇給を見直すと発表したことが話題となりました。この他にも、富士通、日立製作所、資生堂といった日本の名だたる企業がジョブ型雇用へと大きく舵を切ろうとしています。そろそろ、日本の裁判所も就業規則の不利益変更や解雇権濫用法理の解釈について、考え方を改めなければならない時期にきているのではないでしょうか。
弁護士 市村陽平