ご相談事例

メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ(4・完)


ジョブ型雇用への転換は、企業から労働者が退出する場面でも大きな変容をもたらすと考えられます。

日本型雇用の大きな特色であった職能給を前提とする年功序列賃金が廃止され、職務に紐付いた賃金制度が定着すれば、ひとつの会社で長く勤務するインセンティブがなくなり、労働市場の流動性が高まります。なお、この仕組みが日本の企業全体に定着すれば、企業別に構成されていた賃金制度が産業別に統一され、労働者がスキルを身につけている限り、他社へ転職しても今までのように賃金が減少する不都合も解消されるはずです。このようにして、雇用の流動性が高まれば、副次的には、労働力の中核世代の新たな技能習得を通じて成長分野に有望な人材が集まるようになり、日本の産業も活性化するでしょう。

次に、ジョブ型雇用は、高年者の働き方にも大きな影響を及ぼします。日本の企業は、これまで、年功序列賃金による高年者の人件費膨張の回避や組織の新陳代謝を促すという目的のために、定年退職という制度を設けてきました。この定年という制度は、労働者にどれだけやる気と能力があっても、一定の年齢に達すれば等しく企業から退出しなければならず、欧米を中心とした海外では、年齢による不合理な差別にあたるという考え方が定着しつつあるのですが、日本でも、職務や成果に比例したジョブ型の賃金制度を導入すれば、差別の疑いのある定年制度を維持せずとも高年者の人件費膨張を抑えることができ、有能な高年者を確保することもできるようになります。労働者にとっても、定年退職した後、再雇用によって自動的に約3~4割程度賃金が引き下げられる現在の仕組みよりも、成果に応じて現役時代と遜色ない対価を受け取れる仕組みの方がメリットが大きいのではないでしょうか。

最後に、ジョブ型雇用への転換と金銭による解雇の関係性について触れてみたいと思います。現在の日本では、金銭による解雇制度の導入と言っただけで大きな反発が起こり、議論すら開始できない状況ですが、これは生涯を通じて一つの会社で働くことが幸福なのだという思想が定着しているからだと思われます。しかしながら、前述したように、今後、労働市場の流動性が高まり、産業別に賃金が平準化されれば、同じ会社にとどまるメリットは見出せません。むしろ、これからは、技能の習得によりキャリアを積んで転職を重ねる働き方がスタンダードになれば、人々のメンタリティーは変化するはずです。そうなると、唯一残される問題というのは、これまでメンバーシップ型雇用で年功序列賃金を前提に働いてきた正社員を中途で退出させる必要がある場合に、将来得られたであろう賃金をどう補償するかという点です。メンバーシップ型で採用された正社員は、将来の昇進や昇給が約束される代わりに雇い入れ当初は賃金を低く抑えられています。企業が、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用に切り替える際、どうしても一部の正社員の賃金制度にも手を加えなければならない状況になったとき、将来分も含む適切な補償額を提示した解雇であれば、合理的かつ公平な解決となるはずです。なお、最近の研究では、従業員の規模や解雇時の勤続年数に応じて、適正な金銭補償額を試算した計算表も提示されており、今後の立法化や裁判での積極的活用が期待されます(完)。

 

弁護士 市村陽平


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