雇用主は、従業員に対して、労働契約上の安全配慮義務を負っています。この安全配慮義務の中身について、昔は工事現場での作業事故等が中心でしたが、最近では現場の事故だけに限らず、あらゆる職場内での長時間労働やパワハラに伴うメンタル不調が中心になってきています。ところが、事故による負傷は客観的に観察すれば外部から容易に判断できるのに対し、メンタルの不調については第三者が判断することが難しく、どの程度本人から聞き出していいのか、医療機関(たとえば産業医)を受診させた結果について情報提供させてもよいのかなど判断に迷うケースが少なくありません。
この点、メンタル不調を含む健康情報の位置付けとしては、個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当することから、基本的には取得に当たっては本人の同意を得なければならず、本人への利用目的の通知も必要となります。また、平成30年の労働安全衛生法の改正に伴い策定された指針(「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」(平成30年9月7日公示第1号))では、労働安全衛生法令で事業者が直接取扱うことが規定されていない情報(※メンタル不調はこれに該当する)については、やはり本人の同意が必要とされています。
そうすると、雇用主が従業員のメンタル不調に気がつき、産業医を受診させた場合でも、受診結果についての情報を得ようと思うと本人の同意が必要となり、もし本人が産業医に対して会社への情報提供を拒んだ場合には、会社が安全配慮義務を履行する上で必要な健康情報を取得できないことになってしまいます。このような不都合を回避するには、同意を個別同意に限定せず包括同意をも含む、すなわち事前に就業規則や健康情報取扱規程等において、会社が産業医の受診を命じた場合には、その情報を一定の立場にある者に提供することにつき同意するという規程を備えて周知するという方法が有用と考えられます。
特に、平成26年3月24日の東芝事件最高裁判決以降、精神科受診等の健康情報は従業員から積極的に申告されることが期待できないことを前提に会社が安全配慮義務を尽くさなければならない旨考えられるようになっているため、会社としては従業員に対する安全配慮義務の履行と健康情報という要配慮個人情報の取得というアンビバレントな対応をバランスよくこなしていかなくてはなりません。
弁護士 市村陽平