相続の相談を受けるときに、いつまでなら相続放棄ができますかという質問をされることがあります。世間では、3か月の猶予期間があるということはよく知られていると思いますが(これを「熟慮期間」といいます。)、3か月を過ぎれば絶対に相続放棄できないかといえば、そうでもありません。
民法の規定では、この熟慮期間について「自己のために相続の開始があったことを知った時」から進行するとなっています。ポイントは、熟慮期間の起算点が、単純に被相続人が死亡したときではないという点です。それでは、被相続人が死亡したことを相続人が知った時点で「自己のために相続の開始があったことを知った時」となってしまうのでしょうか。この点について、最高裁の判例では、相続開始の事実を知り、自身が相続人となったことを認識した場合であっても、相続財産に含まれる債務の存在を知らなかった場合には、熟慮期間の起算点が到来しないという余地を認めています。具体的には、「当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情」があったと認められる場合には、その存在を知った時点で初めて「自己のために相続の開始があったことを知った」ことになるという解釈をとっているのです。
最高裁が上記のような解釈を採用して以降、実務では、比較的柔軟に熟慮期間の起算点の繰り下げが認められるようになりました。もっとも、いったん裁判所で相続放棄が受理されたとしても、第三者(債権者)との間で確定的な効力はありませんので、不服がある債権者は訴訟によって相続放棄の有効性を争うことができます。私も過去に一度、相続放棄の申述は受理されたものの、訴訟の中で、相続財産の調査が容易であったとして相続放棄が無効と判断された事例を経験しました。このことからも、相続放棄を検討する場合には、可能な限り相続開始を知ってから3か月以内に手続を済ませた方が安全といえるでしょう。
弁護士 市村陽平